ロシア女子とキスをした③
夢と現実の境界はあいまいだ。
夢だと思い大きな憧れを持っていたことでも、一度経験してしまえばそれはなんてことない現実となる。
こんなものかと、ガッカリしてしまう。
こんなことなら経験しなければよかった。
夢は夢のままでいられれば、どんなに良かっただろうか。
しかしすべての夢が夢である必要はない。
経験してよかった。
次のステップに進もうと思える。
そんな経験もある。
店を出て、彼女の手を引いた。
とても暖かい。
柔らかくて、小さい。
握手のようにつないでいたが、指をからめあう形に組み変わる。
次第に彼女の手の平が、汗ばんでくるのが分かった。
「外に出ようか」
その問いかけに対し、彼女は「はい」と返した。
僕たちのいるビルは、とても巨大で、美しい外観をしている。
都心にある美しい景色の一部を担っているビルは、外観と同じく、施設自体も美しい。
そして、そこから見渡せる景色も美しかった。
僕は彼女にその風景を見せたかった。
ビルの出口を出ると、ぼんやりと街並みが分かる暗さのテラスに出る。
今日あったことを話しながら、テラスを歩いた。
「今日は一緒にいてくれてありがとう」
「ううん、私も楽しかったです」
「いっぱい歩いて疲れなかった?」
「そんなことありません。いろいろ見せてくれて、とても嬉しかったです」
彼女の手を握る力が、少し強くなる。
僕も握り返した。
「今日は最後に、この景色を君に見せたかったんだ」
ビルのテラスから見る景色。
彼女は「とても綺麗」と答えてくれた。
ギュッと強く手を握られる感覚がした。
彼女を見ると、目が合ってしまう。
一瞬「ドクン」と胸の高鳴りを感じた。
「キスしよう」
僕は彼女の返事も待たないまま、手を引きこちらに引いた。
彼女は抵抗もなく、こちらに引き寄せられる。
唇を触れ合わせた。
一瞬のキスのあと、お互いの顔が見れるギリギリの位置まで離れる。
彼女の顔を見ると、上目使いにこちらを見ていた。
腰に手を回す。
今度は彼女の方からキスをしてきた。
舌をいれ、複雑に絡めてくる。
予想をしていなかった反応に、動揺してしまった。
軽く触れる程度のキスを想像していたからだ。
息が苦しくなるくらい長いキス。
彼女の吐息がとても荒くなる。
「君とのキスは、とても気持ちいい」
「ありがとう。でも、初めての経験で、上手くできなくて。ごめんなさい」
彼女の発言に、再び動揺する。
「僕が初めてで嬉しい。ありがとう」
「いえ。私もたいがさんが初めてで、嬉しいです」
恥ずかしそうに、うつむく彼女に、僕もつられて照れてしまった。
「ありがとう。そろそろ、時間も遅いし。帰ろうか」
そう言い、僕は彼女を見た。
「いやです・・・まだ帰りたくありません」
初めて反論する彼女。
「まだ、たいがさんと居たいです」
「ううん。今日は帰ろう」
「そうですか・・・」
うつむき加減の彼女は、とても可愛くて、つい抱きしめてしまった。
「たいがさん」
「今日はありがとう。君に会えてよかった。また会いに行くよ」
「はい」
そして、僕は駅まで彼女を送って行った。
指をからめる、恋人つなぎで。
夢に見ていた光景は、現実になるとともに憧れでなくなる。
夢が現実になることは、とても喜ばしいことだけど、少しさみしく感じる。
夢をかなえるための情熱が、失われてしまうから。
僕は彼女と知り合って、一つの夢を実現することが出来た。
実現すると、憧れというものが無くなった。
でも、彼女と一緒にいた経験はずっと残る。
「たいがさん!」
そういって抱きついてくる彼女。
「好きです」
耳元でささやかれ、頬にキスをされる。
「また、会いましょうね」
そう言い、改札に向かっていった。
とてもいい思い出として、残っていく。
おわり