フロイト先生でも答えられなかった疑問に挑む
妻と過ごす時間は楽しい。そして居心地が良い。
気楽に過ごす事ができるからだ。
しかし、世の中のお父さん達だけでなく、歴史的偉人達も苦痛に感じる発言をしている。
誤解を恐れずにいうと、相手の肩書きが「彼女」であれば簡単にお別れをする事ができるが、「妻」となると法的拘束力がかかる。
簡単に別れる事ができないのだ。
簡単に別れることはできないが、一緒にいなくてはならないとは、まさにこの世の地獄といえよう。
いやいや結婚する人はいなかっただろうと仮定すると、もともとは一緒にいて居心地が良かったはず。それでも苦痛を強いられる毎日になるというのはなぜか。
僕と妻との付き合いは長いが、そんな風に感じたことはない。
しかし、僕も同じ人間だ。人間の本能的な部分で違わないところがあるとすると、いつかはそんな風に感じてしまうときが来るのかもしれない。
そんな事態を回避する為に、今やっていることを残しておき、今の気持ちを思い出せるようにしようと思う。
妻とはいえ他人である
自分以外は他人ということを肝に命じておかなければなるまい。
以心伝心という言葉はあるけれど、妻に何がありどんな事を感じたのか、そこまで分かるはずがない。
伝わってくるのは喜怒哀楽の感情だけである。
女性は話し好きな人が多い印象だ。妻は口数の少ない方ではあるが、今日何がありどんなことを思ったのかずーっと話している。
僕はふんふん、そうなんだ、大変だったね・・・などと話を聞いているだけだ。
特にアドバイスや反論をせずに。
しかしこれが良いらしい。
妻にしてみれば「話を聞いてくれてありがとう」とのこと。話終わった後はすっきりした感じで自分のやりたいことを始めている。とても機嫌が良い。
僕にはよく分からなかったが、それだけで良いそうだ。
僕はふと、フロイト先生の発言を思い出す。
今までに私が答えることのできなかった…偉大なる疑問は…『女は何を欲しているんだ?』
まさにこれ。
妻は何を欲しているんだろうか。それがわかれば安泰間違いなしなのだ。
しかしながら分からないものはしょうがない。とりあえず機嫌が良くなるので、これは続けていくべきことなのだ。
共感を求めている
一つ確かに言えることは、女性は共感を求めているということ。
ヒドイことを言われたのなら、「ヒドイことを言われたね」。
ツラかったことを言われたなら、「辛かったね」。
女性はアドバイスを求めているわけではなく、自分の気持ちを分かってくれる人を求めている。決して否定したり、女性の気持ちに反することを言ってはいけない。
それは火に油を注ぐことになり、なぜか自分が悪者になってしまうから注意が必要だ。
男性はアドバイスをし、物事を解決する方に思考を働かせがちだという。
脳の仕組みがそのようになっている以上、アドバイスしたくなる気持ちをグッと抑え、話を聴き続ける事が重要だ。
アドバイスをしても意味はない。
アドバイスをしても意味はない。
アドバイスをしても意味はない。
三回唱えて会話に挑むべし。
彼女達もよく分かっていない
ここまで書いては来たが、ここで一つ重要なことを話そう。
身もふたもない話である。
実際のところ、女性自身、どうして欲しいのか分からない節があるということ。
急に怒り出したり、不機嫌になったり、理不尽なことを言ったり。
自分自身の矛盾に気付けていないらしい。
冷静になってみれば、「あれは理不尽だったな」なんて思うそうだが、その時点ではそのように気持ちを抑える事ができない。
男の忍耐力が問われる瞬間である。
それでも共にいきていく
幸い僕は妻と一緒に暮らしていて嫌だなと思うことはない。
それは妻の最大限の思いやりや心遣いがあるからだ。
たまたま僕のせいかいくが妻とマッチングしただけの可能性もあるが、結婚するひとたちはマッチングしたと「感じた」から結婚に踏み切ったわけである。
人ごとだと思わずに、思いやりを持って生きていきましょう。
おわり